2015年7月8日
春の夢-11 荻野彰久 荻野鐵人
目で軽く二人に芳一は礼を言って表へ出た。学校が引けたのか前に出た一方の足のすぐ後ろから他方の足が追いながらこちらへ歩いてくる幾組かの足が夕暮どきのような軟かい光のなかに見える。
殆んど似ていない瀟(しょう)洒(しゃ)な春の服装をした女子大生の似たような顔が見えた。7,8人もいるのだろうか。唇が厚くソバカスがあり顔形までも不調和なものもいたがなかにはハットするほど白く軟かい均整美があふれている顔も見えた。いよいよ相方の距離が接近したというところまで近づくと差しのべている手に々々小さいノートを持っている。「ね、芳一さんサインして!ね!」
「この女の子たちはどうして俺が『東大』へ入ったのを知っているのだろう」と芳一は思っただけで口に出して言わなかった積りだったが、「知っているわよ」色の白い背の短い女子学生が言いノートを開いた手を出した。近づいて来たときよく見ると親友山本順三君の妹だったが、高校二年のとき彼をフッタのは彼女ではなかったか!「くそお!」とすばやく芳一は女子学生群をかきわけてちょうど来ている電車の中に入った。電車が動き出したとき車内には立っている客は少なく地方からの観光客らしい服装の大人ばかりだった。
最初に車掌が次に運転手が、芳一が電車の中に入って来たと気付くと突然電車を停め最敬礼をする。それをみていた乗客たちもいっせいにキリツして最敬礼をする。テレクサクなった彼は車窓から過去へと遠ざかっていく街通りのほうへ視線をやった。と、さっきの女子学生たちが映画スターに憧れる俗衆のように白い手を差し伸べながら彼の乗っている電車について走ってくる。
「ほうちゃん、ほうちゃん」と呼びながら。「昼ごはんはどうする?」と誰かが言った声を芳一は耳にしたような気がする。仕度ができたと昼の時間に二階へ登ってきた母親は芳一の部屋の扉を開け「寝ているじゃないの!」と、夢からさめた芳一が起き上ったすぐそばに坐り込んだ。