2015年7月9日
春の夢-12 荻野彰久 荻野鐵人
「芳一、とにかく芳一、父さんは中気でああして動けない躰だよ。お前にいつかも言った通り父さんは一生苦労して店をあれまでにし、いまじゃ会社だなどと言うけれど魚屋は魚屋さネ。
ね分るだろう。つまりは魚屋のような小さい商売はネ、他人の手だけではやってゆけないのだよ。それがどうだ、会社組織にして社長というメイモクはいいけれどみんな他人に喰われてしまって、こっちはほんの月々の生活費を貰っているだけじゃないか。
だからお前が早く一人前になって店をやっていってくれなければ困るじゃないか。だけどね、わたしはなにも大学へいくのがいかんと言うのじゃないのだよ。大学へ行きたければ行くもいいさ。でもナ芳一、なにも魚屋をやっていくのに『東大』でなくてもいいじゃないかネエ。『東大』出だからってお前五十円のヒラメが百円に売れるわけじゃなしさ。それにわたしは『東大』ばかりが大学じゃないと思うのだよ。そろばんと読み書きができるだけのことを少し教えて下さるところならわたしはどんな大学でもいいと思うのだよ。