2015年7月10日
春の夢-13 荻野彰久 荻野鐵人
そう言っちゃお前には少し可愛想だけど『東大』なんて言う学校はお前、あれは身分のある偉いお方たちのお坊ちゃん方がさ、お出でになるところじゃないのかい。お前たとえうっかり『東大』に入れたにしてもだよ、お前が魚屋の伜だということが『東大』にばれてさ、退学でもさせられたら、お前どうする?だいいち魚屋の伜が『東大』に入ったという話をわたしは聞いたことがないよ。魚屋の伜はどこかが魚屋さネ。それでまたいいとわたしは思うのだよ。何も背のびして生きることはないしネ。いっしょうけんめいに働けば魚屋だってけっこうあんきにおまんまは喰えるしさ。『東大』というものはどこの職場にもどこの家庭にもあるさネ。・・・・だからタイガイなところへ入ってさ。早く卒業してさ、ね、分るだろう、店をやっておくれよ。幸子(姉)もはや六年もカリエスであんなに寝て居れば本人に可愛想以上に実際うちも困るんだよ。エリ子は大学へなんか行きたかないと言ってはいるけれど、これはね芳一、そうだろう、余所さまに貰らって貰わなければならない女の子だろう。それがまたおまけに魚屋の娘だろう、誰が貰ってなんぞ下さるものかネ。……だからさ、身に付けてやるものだけは付けてやりたいのだよ。ね、そうだろう芳一。でも母さんは試験をあと3日に控えているお前を責めているのじゃないのだよ。だから入ってもよし入らんでもよしと気を大きく呑気にもって受けてごらん、と言うことだよ。長生きしようとしていた母さんの兄弟はみな若死にしてしまって四十年も生きたからもう沢山、死にたい、死にたいと思っている母さんだけが死なないどころか風邪一つ引かないんだからね。