2015年7月14日
春の夢-15 荻野彰久 荻野鐵人
伸ばした手でしばらくの間シヨールを探すようすだったが自身の肩に掛けたまま坐っていたのに気付くとそのまま出ていく。両手を反対側の袖口へ突っ込み坐ったまま聞いていた芳一の目は、慌てて出ていく母の後姿を見ようともせず、取りあげた参考書の続きの行の上に走っていた。が『東大』発表の掲示板に張り出された白い紙のうえの黒い数字、無理矢理に自分の頭の上にのせた帽子屋の青白い顔。裸にした躰にぴったりした制服を着せてくれたN子の白い手、電車の車掌や運転手の最敬礼、自分を乗せた電車の後から手を差しのべながらついてくる群衆や女子学生たちの顔がくっきり目の前に現われる。それらの映像を彼は現実の坂上から激しく蹴落した。が読んだ三行を暗記するために閉じた二つの目は間もなく彼を意識の世界から無意識の世界へとまたもや連れ出していくのだった。