2015年7月15日
春の夢-16 荻野彰久 荻野鐵人
篭町にあるケンタッキーという喫茶店の扉を押し、芳一が入ると奥の方から雲に乗ったように丸い白い顔が近づいてくるのが紫のケムリの中にぼんやり見える。「いらっしゃいませ」
芳一の顔を見るといきなり鼻孔を防衛するために上唇を近づけ二三度鼻を鳴らし「クサイわネ」と吐く息で云う。まだ坐ろうとしない芳一は立ったまま見ていると、丸い顔のその女の子は再び同じように鼻を鳴らし上唇を完全に鼻の孔へくっつけて「どうもクサイ、何かしら?なんだか生魚のニオイがするじゃないこと」とあたりを見まわしたのち、同僚の年増の女に訊ねる。「そうネ、そういえばなにか急に魚クサクなったわネ、ヘエンねエ。」と訊ねられたほうの年増の女は自分の股のあいだへ向けた顔をにわかにしかめて「どうしてこんなに急に魚クサイんでしょうネ、いやあネ」と云ってワラう。