2015年7月17日
春の夢-18 荻野彰久 荻野鐵人
晴れた或る休日など心隔てなき友と二人っきりで美しい自然の風景のなかで楽しむため入江のほとりを散歩していたとき不意に芳一が家に還りたいと言い出した。芳一の目がさっきから拡がっている海の上へ向けられているのを知らない友人は、
「おい、どうしたんだ急に、ぼくの言ったことがナニかキミの気に障ったら、ごめんよ。ぼくはナニもキミにそんな…『こんなところで何もかも忘れさせてくれる釣りでもしていたら、どんなにか気が清々することだろうナア」と灰色の『東大』受験生の共通の気持を行っただけじゃないか!」と殆んど謝らんばかりに芳一の不意に不機嫌になった顔をのぞきこみながら云うのだった。そしてその友人は《ぼくは釣りの話しかしなかったのにナ》とむしろ自分自身に言って聞かせた積りだったが、それが芳一の耳にも届いたらしく「だってキミ!」と芳一はすっかり悲しげな穏やかさを失った顔を急にあげて言うのだった。
「だってキミ、釣りといえば材木や砂を釣るわけじゃないだろう!…後ろにははっきり魚が見えるじゃないか!」
「キミイそこまで気を廻わせばキミ、病気だぜ」と友人は穏やかに言うのだった。
「キミとはつき合えないよ」芳一はすぐ言葉をかえした。
「ぼくだってキミ『釣り』から連想した目に見えない魚のニオイを嫌って言っているのじゃないじゃないか!見てごらんよ」と友人の後ろを芳一は指さした。
向きを変えて眺めた友人の視界から拡がっていく海の一部、左手に裏山が落している黒っぽい影が見え、環境に反抗した飛躍を試みているかのように、小指ほどの小さい銀色の魚が力一杯飛んでいるのが見えた。