2015年7月22日
蜘蛛-(1) 荻野彰久 荻野鐵人
うえへ上へと愚かな蜘蛛が登っていく。
希望に満ちた、だがいくぶんためらっている足どりで。
眼が輝いて見えるのは期待に胸が踊るからなのだろう。
物に憑(つ)かれるのはこんな感情なのかしら、と反省する心の余裕も見せず、光の当たる明るい部分と影の暗い部分の控え目な処を、自分が到達するより先に目標に逃げられはしないかと言わんばかりの軽い、遊びのない強制された労働、たとえば戦争にでも引っ張り出されていく一種の焦燥に駆り立てられた、だがどこかまだ躊躇(ためら)っている足どりで登っていく。
喰わんがために行くと一概に言えない所もあった、それならば従来のやり方で他の場所ででも、殊にこんな季節には、彼(ではなく実は彼女なのかも知れないのだが)は充分生きて行かれただろう。
彼のひたすら急ぎ足のなかには生理的慾望以上の何か胱惚に似たものがあるらしかった。