2015年7月27日
蜘蛛-(4) 荻野彰久 荻野鐵人
彼に言わせると、過去はすべて深い暗い谷間の底に落ちた腐敗したものであり、現在だけが、今の眼の前にはっきり自分の皮膚で感覚することができる物のみが、人生に重大な意味を持つものだと言わんばかり。
目標へ近く辿(たど)り着くまでの途上の凸凹の暗い谷に自分が堕ちこみ、それまで見詰めながら走り続けてきた目標を不図見失ってしまう不安な時間を除いては、彼は依然としてどの瞬間にも鋭い視線を目標から離そうとはしない。
急いで走っていく彼の顔の表情を前から見ていると静かな平和というよりも何か遂げなければならない復讐を胸の奥深く秘めているとしか見受けられない。
それは日本の人、木村有香氏の発見した「キムラクモ」にも似た一見何の変哲もない普通そこらで見受けられる「蜘蛛」の一種に違いは無かった。