2015年10月16日
akira's view 入山映ブログ 呪縛
小選挙区・二大政党制みたいなことになってくると、候補者のお人柄とか地元における評価のような要素だけではすまなくなってくると言われる。一つにはどちらの政党に政権担当をさせたいか、という要素が、候補者本人と同じくらい重要になってくるということのようだ。それではあんまりだというので比例代表制のようなものも導入されているのだが、これは要するに二大政党以外の政党を何とか存命させようと言う話で、これが本当に必要かどうかについては議論が分かれる。
ならば当然に政党間にどれほどの違いがあるのか、という話になるのが道理だろう。ところが、なかなか理屈通りにはゆかない。というのも、半世紀ほど自民党一党独裁に近い政権形態が続き、やりたい放題の官民癒着のような構造が確立されてしまったから、ある日気付いてこれはやばいぞ、みたいな「目覚めの時」を迎えると、何はともあれ自民党のやっていることに反対しているらしい、というだけで民主党を選んだというのが真相に近い。もちろん考えられる限り最低の首相交代劇を三回も見せられたという要素もあり、何でも良いから自民党以外で(Anything but LDP. )というのが世の大勢を占めたと見ても大きな間違いではなかろう。
してみれば、本質的には自民党が「小さな政府・少ない規制」で、民主党は「大きな政府・多い規制」の立場を代表することになる、という事情なんぞはとりあえずどこかに措いておいたということだろう。だから、本来マニフェストというのは、国家像とか、社会像、あるいはマクロな経済対策を巡ってのものになる筈だったのが、どうやらどこかでボタンを掛け違えて、あれをやります、これもやりますみたいな公約集が出来上がった。で、言ったからには守りなさい、守りますが世のならいになり、挙句の果てに「そんな夢物語出来っこない」といったじゃないか、いいえ意地でもやりますみたいなことになっているようにお見受けする。
どだい子供手当や高速道路無料化のスローガンにうっとりして民主党に投票した人がどれほどいるかは知らないし、その方々にはお気の毒だが、この財政状態で農家所得補償や子供手当なんて策の愚なるものの典型みたいな話だし、社会実験だかなんだか知らないが、高速道路無料化なんて意味のない地方高速道路を垂れ流しで作る財源をカットするくらいの意味しかない。ところが、出自はともかくとして、鳩山政権は現在マニフェストなるものに呪縛を受けている状態のように見受けられる。それで結果が良ければ良いのだが、引っ込みがつかないからといってこんな愚策を次々実行していったら財政が持たないのは言うまでもないし、どうかすると、まさかとは思うが足を引っ張られて、まだ反省の足りない、というより全くしていないといったほうがよい自民党にまた返り咲きを許すことにもなりかねない。
2010年 02月 03日