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2015年10月26日

無極庵記(1)――詩的遺書 成瀬無極

最近フランス映画「わが青春のマリアンヌ」を見て、その美しい環境に魅せられた。ドイソの小都市ハイリゲンシュタットの森と湖と古城とが幻影のように浮かび上がる。ここでベートオヴェンはあの悲痛な「ハイリゲンシュタットの遺書」を認めたのであらう。まだ二十歳あまりで音楽家として致命的な疾病に罹り聴覚を失った彼は芸術的の死を予感して筆を執ったのである。死が生きとし生きるものの不可避的運命であり、しかもその到来が全く予測し難いとすれば、詩人の書くものはすべて詩的遺書だと云わねばなるまい。けれども、狭い意味では、やはり死に直面した者が意識的に書いたり話したりするものが本来の遺書であり遺言であって、死に隣接した老齢に達した詩人か或はまた何らかの理由で死を予感する詩人が、後代へ残すものが詩的遺書又は詩的遺言だと云って宜からう。例へばゲーテの「ファウスト第二部」や詩篇「遺訓」の如きがそれである。



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