2015年10月29日
無極庵記(4)――詩的遺書 成瀬無極
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この詩は人類愛の絶唱であり、短詩「旅人は跪く」は汎紳観の流露であるが、「父と子」のテ-マを歌った「双親の歌」が今の私には最も切実に響く。それは初期の小説「殺した者ではなく殺された者に罪がある」に現われた骨肉相剋と最後的和解又は諦念とを歌ったもので子に背かれ見棄てられてゆく親の孤独寂蓼感がにじみ出てゐる。「子供たちは走り去る」曽て賑かだった食卓はいつしか淋しくなる。息子は妻の、娘たちは良人の許にいて音信も途絶えがちだ――「子供たちは立ち去る、やはり何かを持てゆく、私たちは貧しくなり、彼らは責めを負はない、そして時計の針は、空の食卓をめぐって、カチカチと進んでゆく」両親の中でも母はまだ本能的に愛し愛されてゐるが、父は益々孤独に陥ってゆく。小説「ナポリのはらから」はかうした父の悲劇を物語ってゐる。