2015年11月11日
獅子は子を(4) 板倉靹音
「キョン」という鳴きは巣こぼれの雛が母親に空腹を訴える声である。聞けば必ず雌親が餌を運んでくるのだから、それを見ていれば雛の居どころは分る。梅田さんは身をひそめて待っていた。ところが、いくら待っても親は姿を見せない。さては聞き間違いであったかと自分の耳を疑いだした頃、またかすかに「キョン」と鳴いた。もう間違いはない。だが依然として親は来ない。雛も人のけはいに警戒してか、静まりかえっている。気がつくと陽が西に傾き、下山の時刻である。ついに辛抱しきれなくなって、さきほどの声の方角をしらみつぶしに探して、やっと見つけだしたのは、まだ尾も伸びきらぬ数疋の雛であった。こういうのには、よほどの注意力をはたらかせ、好機にめぐまれない限り、行き当るものではない。でも梅田さんはその後も同じような例に出会っている。