2015年11月16日
アデレ-ド碇泊(2) 丸山 薫
Y丸はアデレ-ドの阜頭に十日間横付けになっていた。十二基のデリック棒が昼夜の別なく轟音をたてて、大麦の袋を吊り揚げては船艙の底に吊りおろしてゆく。終りの頃の三日間は、起重機では間に合わなくなった。子供たちのよろこぶあの辷り台のような機械を岸壁から船に仕掛けて、続々と大麦の袋をデッキに辷りこませて、辷りおりたところで二人の人夫がナイフで袋を裂いては、麦粒をじかにハッチからジブ・タンクに流しこんだ。まるでリュックにもポケットにも腹巻きにも詰めこめるだけは………といった、一昔前の食糧買出しのお主婦さんよろしくの風情である。ジブ・タンクは燃料重油を充たすタンクで、航海中にセーラーたちが潜りこんで、薬品で油の匂いを洗い落していた。それにしても、戦前に時折経験したことのある、上海玉子や外米につきまとうあの妙な、石油臭さはこれだなーとうなずかれた。