2015年11月20日
アデレ-ド碇泊(5) 丸山 薫
――なに?日本に帰るんだって?
ニッポンか!ニッポンがなんだよ。
日本に着いたってろくに女房の顔も見ないうちに、すぐ海だ。横浜に着きゃすぐ神戸へ行けだ。神戸で荷をおろしゃ、ヤハタだ。ヤハタがすみゃ――それっきりまた海だよ。ね。
海だ――よ。
不意に四十男のコックが椅子から立ち上った。
――だから俺は云ったんだ。何を云ったというのだろう。コックは直立不動の姿勢のまま、棒のように倒れた。こんな倒れ方は、ロンドン紳士の酔っぱらいのエチケットだそうである。だがこれは海を失った敗戦日本のマドロスであった。伸びた両脚の靴底には、大麦の粒が光っていた。(詩入)