2015年12月8日
風・木の実・女(1)――海での思い出―― 丸山薫
何十日も陸を見ない航海がつづくと、妙に新鮮なものが食べたくなる。お体裁をつくつたローストチキンや、マヨネエズでこね上げた古馬鈴薯のサラダよりも、粗末な料理でいいから、ただイキのいいもの――魚ならば海や河の水滴のしたたる奴、野菜や果物ならば土から抜きたての枝からももぎたての、青い匂いのプンとくる奴。理屈なしにそんなものが食べたくなる。
沿岸を頻々と寄港してゆく船とか、快速をもつて大洋をつっ走る客船ならば、そんな苦労もないだろう。だが外国の港での買入れは滅多にしないで、ひたすらに日本で積み込んだ食糧を食べ減らしてゆく貧しい海の放浪者――帆船や貨物船などでは、いかにコックが智恵をしぼつて味付けに工風しようと、かんじんの材料そのものが鮮度を落してゆくのをどうしようもない。