2015年12月9日
風・木の実・女(2)――海での思い出―― 丸山薫
僕の体験した長い航海の一度は、十数年前に乗った練習船の旅であり、もう一度は、おととしの濠州めぐりの貨物船のそれであった。ここでは後者についてはふれまい。練習船の目的は商船とちがって洋上の訓練に在る。つまり行先は、外国の港や陸地よりも海そのものなので、出来るだけ海の上を長くぶらつくスクジユールのもとに出掛ける。乗せて貰ったのは二千四百屯の四本マスト・バーグだったが、航海中でいちばん長かったコースは三十五日かかった。その間、熱帯の太陽直射の下、文字どおりに雲と永と海豚とあほう(・・・)鳥だけを友とする生活だった。
こんな生活の二十日目ぐらいになると、食卓に出るものが加速度的に不味くなってくる。まさに組織解体寸前のいたましい様相であろう。肉は腐敗しかかった、あのムカつく臭いをたてはじめる。キャベツもリンゴも水分を失った砂のような歯ごたえだ。魚肉に至っては、一と箸つけるとたんに、ボロボロに形を崩しかける始末だった。