2015年12月10日
風・木の実・女(3)――海での思い出―― 丸山薫
――どれ、オサカナどもに「気を付け」の号令でもかけてくるかな。とそんな冗談を云いながら、機関士たちは食卓を離れて、冷凍室のモーターをかけに降りて行った。帆走をしていても、船はデイーゼル補助機関をもっていたので、エンジニアが乗組んでいたのである。
海の上にいて、水と魚に不自由する。――誰もが云う感想はそのままに、帆走航海での僕の実感でもあった。けれど何十日何カ月も大洋に餌物を追ってさまようあの海の狼、戦争のときの潜水艦員たちの苦痛に比べれば、これらはまだ物笑いの種かもしれない。
そんな或る日、思いもかけず新鮮なサカナに舌鼓を打った事があった。コックの一人が船尾からロープにゆわえて流しておいた網に、美事なサワラが一匹ひっかかったのである。サワラはさっそく刺身につくられて、その晩の食卓にあらわれた。