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2015年12月16日

大菩薩峠(1) 桑原武夫

 昨年、私は横光利一の『旅愁』について放送をさせられたことがある。日本近代文学の諸名作についての連続講義の一つを割当てられたのだ。
 私はもともとこの作家を好まないので、ことわったが、全体のプランがもうできてしまっているので動かせない、ぜひやってくれ、という。悪口めくから嫌だといっても、それもまた一興、というので、仕方なしにやった。
 開口一番、この小説の再読は私にとつて全く苦痛だった。その間、途中まで読みさしの『大菩薩峠』に一そう心ひかれて困った。私は横光より中里介山の方が芸術家として上だと信じている、というところから始めた。
 横光論を繰り返す興味はない。ただ、この時の発言は放送局印を驚かせ、聴取者の若干にも乱暴の印象をあたえたようだが、私は決してハッタリをいったつもりはない。
 すべて努力は幸福をもたらす、というのは倫理的に立派な考え方だが、そして努力なくしてよき成果のないことは大よそ確かだが、努力してつまらぬ結果しか出ない場合も多いのである。芸術においては特にその感がふかい。横光が悩みのうちに努力したことと、作品のつまらなさとは別のことである。ただ彼の無学で独断的な文化論は全く閉口だが、西洋交化への反発と日本への郷愁的愛着の発想の気持そのものは、よくわかる。ただよくも悪しくも日本的なものと老えるとき、私は『大菩薩峠」を実感するのだ。



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