2016年1月6日
籠桶をさげて(4) 板倉靹音
翌二十年三月、飯塚さんの住む大曾根に空襲があつた。飯塚さんは鴬の籠桶をひっさげて防空壕へとびこんだ。ひどい空襲であった。外では家が焼けているらしく、壕のなかへ熱気が吹きこんでくる。壕のなかの水溜りに防空頭巾とありあわせた莚をひたしてひっかぶったが、すぐにかわいてしまう。熱くってやりきれない。が、それよりも何よりも熱風が波状に吹きつけてくるたびに、籠桶のなかの鴬がクウー、クウーと鳴くのが身を切るように突きささってくる。
「お前と一蓮託生だ」
飯塚さんは籠桶をだきかかえるようにしてうっ伏せた。
梅田さんの留守宅では奥さんが心配しだした。大曾根がやられたらしい。取りあえず長男を見舞にやった。子供が帰ってきて言うところによると、一帯は焼け野原で、どこに家があったか見当もつかない。もちろん飯塚さんの行方もわからない。
すると、しばらくして飯塚さんが現れた。手に籠桶をさげていた。
「鴬は生きています。餌を焼いてしまったので探してきます」
そう言いおくと、暮れかかった町をさして、力ない足どりで歩いていった。
(愛大文学部教授)