2016年1月28日
建築と人間(7) 亀井勝一郎
建築は人間のものの考へ方や感じ方に、大きな作用を及ぼすだろう。大理石の円柱のもとで思索する人間と、方丈のまる窓のもとで思索する人世とでは、思索の結果がちがってくるのは当然だらう。私は中世の草庵を好むのは、そこに宗教的な意味での「放下」の心があるからだ。仮の宿といふ思想の造型と云ってもよい。中世人の夢みた自由がそこにあった。こんなことを老へるのも年のせゐかもしれないが、大ビルの一室ではとてもものが書けさうもないのは事実である。しかしこれからの若い人は、極度に合理的な明るい室での洋風生活に慣れてゆくかもしれない。愚といふものから離れてしまったら、新文学が生れるかもしれない。私の世代では、どうしても草庵式の書斎に恋着する。(評論家)