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2016年3月9日

党農民部長(2) 小林 克

 わたしは、「ありまシエん」とか、「キミ」と初めのシラブルに強いアクセントを置いて、さっと山刀のように、掌をたてに切りおろして、仲間の論争を一挙に裁断するやり方が、や(・)師にみえて仕方なかった。わたしは、この不遜な反感が意識化するのを恐れて、力を極めて抑圧したものだ。
 われわれの態度や見解は、また、ある印刷労働者からも無言の軽蔑を受けた。このやせて蒼白の小男にはひげ(・・)も生えないのである。彼の口をきくのは、農民部長に対してだけでいつも黙ったまま崩れた青縞のタオル地の着物を引っかけて膝を抱き、その上に顎をのせて座わっていた。
 ある日、美食の話が出て、珍しく、この男のいうには、幕の内が一番うまいというのだ。そして、どうしてか、幕内を陣内(じんない)と繰り返えしていい違えた。いまになって、家内に話す時など、わたしは幕の内を陣内といい間違えることがある。すると、非常な速さで、青縞のたるんだ着物を着たこの男の姿が見えて消える。膝をだいて、顎をのせ、ひょいとと此方を向くこともある。話のさい中、彼は刑事に呼ばれて席をたったが、あとに残った農民部長は、
 「奴は幕の内くらいしか食ったことがないのだよ」
といって、両足の足うら(・・)をパンと打ち合わせて嘲わらった。
 この時から、彼が僧らしい男になっていたことに、わたしは、あとで気がついた。
「へええ」といって、にやにや笑いながら、ばつを合わせたのは、商大のキャップであった。彼の父は小学校の校長である。



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