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2016年3月17日

「変わった本たちとの出会い」(2)落語全集 竹下英一

昭和21年になって、群馬県でも麦飯、小麦粉、薩摩芋が日々の食事という状況で、この土地の寒さもあって、父母は家族の生命の危険を感じたようです。たまたま叔父が高知市に定住していたので、この年の初夏、私たち一家は群馬から高知県の太平洋に面した小さな漁師町に引っ越しました。

 引っ越し先は網元の世話で借りた古家でしたが、父はここで初めて小児科の診療所を開業しました。看護婦を雇うような状況ではなかったので、素人でしたが母が全般的な助手となりました。家は南に開けた斜面に建つ一軒家で、道路とその少し先に軽便鉄道、その先がもう一面の太平洋で、晴天の日が多く、日光と暖かさのあふれる、これまでに比べると楽園のようなところでした。食料も米、雑穀、そして豊富な魚が手に入るようになり、母が庭で野菜を作り、鶏を飼って卵と肉を得て不足を補うことができました。私たちはたちまち健康を取り戻しました。

 町の有力者でもあった網元は、町の、特に子供たちの医療事情を改善しようとして私たち一家を支援してくれたのだと思います。周りの人たちも私たちをとても大切にしてくれたので、このままこの町に住み続ける道もあったのでしょうが、父母の目標はあくまで、なるべく早く東京に戻ることでした。越してきて2年後の昭和23年春、神奈川県の湘南の町に三度目の転居をすることになりました。父は、戦前勤めていた川崎の病院が予想以上に速く昭和21年に再建、診療を開始したので、復職の機会を逃してしまい、今度も自宅で開業することになりました。

 私はこのころまでよく病気をする子供で、群馬でも高知でも友達と一緒に野山を駆け回ることをあまりしませんでした。その分早くから家で身の回りにある本や新聞の内容に興味を持ち、小学校で習った文字の知識と挿絵や写真を手掛かりにしてそれを理解しようとし始めました。父母は私のこの姿を見て、高知時代には、刊行を再開した「子供の科学」という月刊誌を予約購入してくれました。この雑誌は今で続いており、小学校2、3年生には少し読みにくいのですが、身の回りの機械の仕組みとか天体の知識とか新鮮な内容なので、学校の教科書以外は大人用の本ばかり見慣れていた私には抵抗感もなく、夢中になって読みました。

 神奈川県に移った時は世の中が次第に落ち着き始めていました。紙の供給不足で新刊単行本はまだ少なく、雑誌の出版がまず増え始めていました。学級文庫の本の間に友達が持ち込んだ「少年倶楽部」などの漫画雑誌をこっそり読むことが出来ました。高知県よりはるかに都会的な町で貸本屋や古書店ができていました。私は親にねだって、古書店で戦前に出版された子供向けの「アルス文庫」の中の理科系の本を次々に買い込み、知識欲を満たしました。更に進んで同級生や親の知人の家に押しかけて蔵書を手当たり次第に読ませてもらうことを覚えました。学校からの帰りに目当ての家に日暮れまで上がり込むようになって、読書の範囲も量も一段と増しました。

 この町にはたまたま父の大学時代の指導教授が隠棲しておられました。戦前の医学界だからできたのでしょうが、茶屋遊びの果てに家庭から追われ、馴染んだ茶屋のお嬢さんと所帯を持ってこの町に来られたのです。家におられる時はこのご新造さんのお酌と三味線で小唄などを楽しんで過ごしておられました。母が何かの時に私を連れて行ってくれた折、通された部屋のキャビネットに「落語全集」と背印字された本が並んでいるのを早速発見し読み始めました。以後一人で訪ねて読み進めました。

 これは速記をもとに読みやすくした古典中心の落語集で、二、三話づつ百冊ほどに小分けした美しい装丁の本でした。今でも図書館にはあると思います。「芝浜」などの古典落語は、とても楽しく大人の世界のものの考え方や言葉の使い方を教えてくれます。小学校の低学年のこの時期にこの本に出合って楽しむ機会が与えられたことを私はとても感謝しております。先生の奥さんが、応接間に寝転んでけらけら笑いながら読んでいる私に出してくださる茶菓の味もまた格別に思えました。(つづく)                                    平成28年3月 竹下英一



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