2016年3月28日
晩 春 の 或 る 日 に 田中冬二
古い小さな城下町
その町の魚屋では鳥賊の胴と脚とを別々に売つてゐる
それはけちくさいやうだが嗤へない
祖先からのながい伝統の つつましやかな生活の一端を示してゐるのである
勤倹尚武 忠孝両全 未だにそんな習俗の遺ってゐるやうな町である
晩春の夕暮 私は何ということなしに懐手のまま
この地方の気候風土に適した柑橘類などの果樹を庭に植えこんでゐる家々の多い屋敷町のあたりを歩いて
ふと築地の瓦の上にすれすれになつてゐる仏手柑の葉の一枚をちぎり
その芳香にうつとりと浪曼的のものを感じた