2016年4月22日
緑色の大砲(3)―船の話 Ⅳ― 丸山 薫
その晩の僕がどんな気持で眠ったか、翌朝になって、どのようにして船をおりたか、釜山の港や街の景色がどうだったか等々については、これまた一向に記憶がない。たった一つだけ――その朝の或る記憶を喚びさますだけである。
朝の――と言ったのも、あたりが明るかったからで、たぶん入港の直前だったか、いや、もしかしたら船はもう港内に投錨していたのかもしれない。僕は甲板の一角に立っていた。索具や、複雑な恰好をした鉄製の機械(いま思えば揚錨機らしいもの)がゴタゴタと在って、それらを超えて前方に低く悔が見おろすように展けていたことから考えると、たぶんそこはフオックスル(船首楼)だったらしい。ところでさて、そのフォックスルの突端に、何気なく眼をやったとき、幼い僕の心をさえ、ぴくりと跳び上らせる物が映った。なんと、一基の大砲疑いもなく、緑色に塗られた旋回式大砲が、小さな恰好ながら威厳をこめて前方の海上に向って備え付けられていた事である。