2016年5月23日
瓦屋根(1) 田宮虎彦
昨年の秋、福知山の町へ行った時、知人がとってくれた宿は由良川の川の堤にあった。部屋の窓をあけると、堤の下にひろがる古い町並の屋根のならびが見下ろせた。黒い瓦屋根のならびであった。瓦屋根は幾十年かの風雨にたえて来ていることがはっきりわかる瓦屋根であった。同じ大きさの、同じほどの古さの黒い瓦か、同じ勾配をもって、きちんと正確に縦横の列をつくってならんでいるのであった。美しいと私は思った。古い日本の美しさであった。
しばらく窓をあけはなったまま、その美しい瓦屋根のならびを、私は見つめていた。私は、偶然、遠い祖先の誰かれにめぐりあったような懐かしさを、いつか感じているのであった。顔を見覚えているような祖父母や曽祖父母といった近い祖先ではなくて、ずっと遠い祖先――顔はもとより名も知らない祖先の人たちにめぐりあったような感じであった。私は、瓦屋根のならんだ古い町に融けこんでいくような気持がした。そして、ただ、それだけで、福知山の町が、その刹那から、私にはなつかしい町になってしまった。