2016年5月25日
瓦屋根(3) 田宮虎彦
平戸に着いたのは夕暮近い時刻で、私は疲れてもいたから、町の見物に出かける気持もなく、窓ぎわにもたれ、じっとそんな町なみの佗びしい瓦屋根のならびを見下ろしていた。いつか夕闇がどこからともなく漂って来て、次第に町並みをうずめはじめた。岸壁にもやっていた漁船のマスト燈に灯がつき桟橋あたりにキラキラと電灯がかがやきはじめ、夕闇はみるみる濃くなっていった。遠くから発動機船のエンジンのあえぎが聞えて来る。するどいエアーサイレンのひびきが聞えてくる。しかし、眼の下の、もう夕闇にのみこまれてしまった荒れはてた瓦屋根の町並からは、物音ひとつ聞えて来ないのであった。