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2016年5月26日

瓦屋根(4) 田宮虎彦

 平戸へは二度行ったのだが、はじめての時は、平戸の町には知人もいなくて、私は、ひとりだけで、そうして暮れていく町並を見下ろしていた。五月初めであった。平戸の五月はじめはもう初夏といってよかった。あけはなった窓から潮の匂いのする風が吹きこんで来ていた。瀬戸をわたって吹いて来る風であった。その風がもうこころよさを感じさせるのであった。私は港町に育って、港が好きなものだから、頬にそのこころよい潮風を感じながら、ぼんやり淋しい港を見ていたのだが、ふと気がつくと、夕闇の底にのみこまれていった瓦屋根のならびの中の、私が何かの倉庫か工場の屋根のように思ったひとところに、小さな窓が明るく見えていた。窓の中に灯がともったのであった。若い、結婚したばかりの二人でも住んでいるらしく、そんな二人に似合いの簞笥がかたはし見えていた。灯がともったのだから、共稼ぎの夫婦のどちらかが部屋にかえって来たのであろうか、人のすがたは見えなかった。しかし、明るみの中に見えた簞笥が、はっきり見える人のすがたよりも、いっそうつよく人の息づかいを感じさせた。一瞬、もちろん一瞬間だけのことではあったが、私は、その部屋をたずねていってみたい衝動をせつないほど強く感じた。
 翌朝、窓の外があかるんで、眼がさめた。私は、すぐ窓をあけて、昨夜、明るい灯をなげていた窓のあたりを見た。小さな窓があった。ガラス戸はしまっていて、もちろん部屋の中など見えなかったが、しなって今にも潰れそうな屋根の下に、その部屋はあるのであった。私は、その時、古びた今にも潰れそうな瓦屋根に肌のぬくもりに感じるような、なつかしさを感じた。



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