2016年5月31日
akira's view 入山映ブログ 富安美術館
群馬県は足尾銅山の近くに出かける機会があった。凍結した渡良瀬川沿いの道もなかなか楽しいドライブだったが、旧・銅(あかがね)街道を走っているうちに見つけた富安美術館は、思わぬ珠玉の出会いともいうべき素敵な経験となった。
星野富安氏は、体育教師だったのだが、アクシデントで頸椎損傷。四肢麻痺という逆境の中で、筆を口にくわえての画業と文章(これが書体とともに何とも言えない味わい)を習得。現在も活躍中だ。頸椎損傷で担ぎ込まれた病院の誤診であわや全身麻痺と宣告されかかり、転院の甲斐あって後遺症には悩まされているもののなんとか四肢機能は正常に戻った筆者にとっては、特に人ごとだとも思われない。閑話休題。彼の作品は実際に見ていただく以外にその真価を理解していただく術はないのだが、一言でいえば心を洗われる思い、とでもいえば近いだろうか。余りに凡庸な表現で気恥ずかしくなるが、それ以外には思い当たらない。
肉体的条件からする限られた視野もあって、作品のほとんどは野の草花ひともと、というのが多い。それにキャプションがつくのだが、飄々として、また巧まざるユーモアもあり。まあ、百万言を費やしても彼の一行には及ぶまい。「絵も詩も少し欠けていた方が良いような気がします。欠けているもの同士が一枚の画用紙の中におさまった時、調和のとれた作品になるのです。」とは彼の言葉だが、そのひそみにならえば、いっぱい足りないままに富安の紹介を終わろうと思う。美術館を出て桐生の方に少し走ったところにある玉木屋というおそば屋さん。昔ながらの名主屋敷のたたずまいを残し、ストーブが燃え、建材を使い回した一枚板のテーブル。このあたりはうどんの方がおいしいのだと聞いて両方試してみたのだが、どちらも大層結構でした。
前夜久しぶりに一泊した日光金谷ホテルは昔ながらのたたずまいと、昔ながらの行き届いたサービスで、久しぶりに良いホテルに泊った、というしみじみした思いを味わった。ゆったりしたスペースとスチーム暖房。ガラスとスチールの近代建築というのは、あれは本当に文明の進化と呼んでよいのか、などと懐古趣味にふけったことだった。維持費が高くつくこともあって旧き良きホテルが次々と消えてゆく中、金谷ホテルがいつまでも元気でいてくれることを願うや切。
2011年 02月 03日