2016年7月6日
こんなはずではなかったが…(2) 津村秀夫
私は再び驚いた。ところがこの出版を祝って、七月の暑い夏の夜に、木村伊兵衛、渡辺義雄、金丸重嶺、三木淳などの親しい写真家たちの内輪の祝宴をテンプラ屋で開いた時、彼は変なことを言った。
内臓に故障があり、慶大病院の話では腸に癒着があるとかで手術をするつもりだ。それがすんでから八月か九月にまたドイツへ行くという。飛んでもないと私はさえぎった。
開腹手術ではとても旅行は無理だと文句をいった。
彼は元気にテンプラを食べ、ビールものんで、得意のおしゃべりを発揮した。が、はからずもこの夜が彼と別れる最後の晩餐だった。
彼は手術を受けずに七月末に空路飛んだ。留守中の愛嬢の安否をたしかめた上で、十月十七日に帰国すると、羽田からすぐ慶大病院へ入院した。もうその時、彼の胃ガンは赤ん坊の頭くらいの大きさになっていたのだと、あとで知った。