2016年7月11日
こんなはずではなかったが…(5) 津村秀夫
敵のない人。誰からも愛され親まれた人。そのくせ孤高で、大事なことは絶対に妥協しない人。その点は頑固とさえ思われた。
「どうもあんな奴がガンになればいいと思うようなのは絶対にならない。悪党はガンの方でさけるのか?」
お通夜の晩、私がそんな冗談をいうと、独身の小津監督を最後まで息子のように看護した俳優佐田啓二君は、「しかし、先生のような人があんなに苦しんで死ぬのをみると、私にも覚悟ができました」といった。
「どんな目に会ってもあきらめがつきます。」
お恥ずかしいながら私にはまだその覚悟ができていない。
「こんなはずではなかったが……」
と周章狼狽しないように人生五十七の坂までさしかかると、一日一日をつぶさに舌の上で味わって生きて行きたいと思っている。
(三九・一・二七)