2016年7月19日
光秀城記(5) 棟方志功
「二代様の屏風をお目にかけます」若い人達が、別間に、ひろげてくださつた金屏風に松樹を描き、平仮名で書かれた言葉、こんじん、おとひめさまの文字を、わたくしは声をあげて嬉びました。
松樹図は、赤坊(アカンボ)が後向きになつて円いウナジをかしげた様な、たまらない愛しく、無心な光の様なモノでした。
「ナントモ、イワレマセン。アカンボトノ、エガオデス」わたくしは、こんな事をつぶやいたと思ひました。
保田与重郎氏を鳴滝に、訪ねたく、わたくしは、その事を、出口、山川両氏に、この御門を這入るなり頼んでゐました事を、よく判つてくださいました出口虎雄氏は車を招んでくださつたのでした。
「姉は、野草が、とても好きなので、京都も、このあたりも、だんゝゝ野草が、街につぶされて行くのが可愛さうだと、いつも口ぐせに申して居ります」とても、よい事を聞きまして、わたくし達は、城門を発ちました。真暗になりまして、振り返つた車の後窓から、送つてくださつてゐる方々の背の上に上に、光秀大銀杏が闇を更に暗く闇にしてゐました。