2016年8月22日
現代文明と精神座談会(21) 出席者:尾崎一雄/荻野彰久/斎藤玉男/島崎敏樹/丸山薫
丸山 室生さん、よく言ったですよ。小説のことを聞くと、「君らうるさいことを聞くけれども、ぼくが小説書くということは、この細胞にあるんだ」と言うんです。それじゃ話にならないけれどもそいつをこういうふうに考えたらどうですか。おれはこれだけのことしかできないんだと、ギリギリのところを書けば、それを通せば、その人はりっぱだったということになりますね。
島崎 中勘助さんがそうですね。
丸山 ああ書かなければならない、こう書かなければならないと迷う人がいますね。私なんかもそうですが、そういうのは自分のなかのものが薄弱だと思う。
尾崎 だから、ほんとうに偉いと思う人は、自分勝手なことしかやっていませんよ。例はいくらでもありますよ。志賀さんだってそうですよ、書きたくなければ書きませんし、さっき言った滝井さんだってやっぱりそうでしたでしょう。だからぼく、横光という人ね、どうも信用できない。昔から、生きているうちから信用してない。自分でそう言っているもの、「こっちに行けばたれがいる、あっちに行けば白樺派がある。おれはどっちに行ったらいいんだ」そういうふうな考えでやっているところがありました。そこへいくと川端さんの方が勝手ですよ。自分勝手にやっている。それで変らないんですよ、昔と…。