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2016年10月13日

私の戦争体験 戦争を憎み平和を守ろう(2)本多勇夫

<南京入城と真珠湾奇襲>
 昭和12年7月8日、私が小学校3年生でした。岐阜の田舎でしたのでもう夏休みに入り、校庭で朝のラジオ体操を「イッチニ、イッチニ」とやっておりました。突然ラジオが号令を止めました。そして「臨時ニュースを申し上げます。日本軍は支那軍の挑発に抗し慮溝橋で交戦状態に入りました」と言う臨時ニュースが放送されました。 中国と戦争を始めたんですね。その後私達は帰されましたが、戦争が始まったんだと言うことは分かりましたが、どうしてなのか、分かりませんでした。
 当時私は新聞配達をやっておりましたので、新聞はよく見ておりました。翌日の新聞には、銃を撃っている日本軍の写真がのりました。その写真は、私が戦争を意識して見た最初のものです。そして、その年の12月14日、日本軍が南京を占領し、城門の上で万歳をしている写真が、新聞の一面を飾りました。その時の私は感激して、何回も写真を見直したことを覚えています。
 次は昭和16年、1941年ですね。アメリカ、イギリス、オランダなどの連合国と日本が、戦うことになった太平洋戦争開始の年です。12月8日です。ちょうど今の中学1 年に当たる年令でした。I時間目の授業が始まったのに先生が中々来ないんですね。 級友が「本多、先生を迎えに行けよー」と言いますので、職員室へ先生を呼びに行きました。職員室では先生達が物凄く緊張した顔で、ラジオを聴いているんですね。その雰囲気におされて、私はそのまま教室へ戻りました。
 間もなく、担任の堀先生が興奮した顔で入って来ました。そして「日本はアメリカ、イギリスと戦争を始めた。今、西太平洋方面で戦っている」と上ずった声で話すんです。その時私は無意識に、「日本が勝つ米英負ける」と教科書に書いたことを覚えています。これが日本を敗戦のどん底へ追い込んだ、太平洋戦争の始まりでした。



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