2016年11月18日
晩春記(4) 尾崎一雄
個人も国家も民族も、つまりおしなべて人間は慾が深すぎると思はれてならない。その慾を、学問や芸術やスポーツで満足させてゐればまア無事だが、権力、政治力の方であまり発揮されるのは危険である。
とは云つても、権力慾、功名慾のかたまりみたいな人間でなければ、国家や民族の先頭には立てないのだから始末が悪い。
若い時分は文明開化を信用してゐたのに、この頃では有難迷惑と感ずるやうになつたのは、私が時代のテンポについて行けなくなつたためばかりではなささうだ。単なる科学上の進歩を、そのまま全人間的進歩と誤認することによつて、われわれは迷路に陥ち込み始めたのではなからうか。ここ数年来、不吉感は深まるばかりだが、なんともしようはないのである。