2016年12月5日
紅葉(3) 結城哀草果
白鷹山は山形盆地の西に低く連なる出羽丘陵の主峰で、一千米級の山だが眺望がすばらしいので、私はこの山に山形盆地の展望台と名付けたこともある。そして白鷹山は二人には、生涯わすれられなくなってゐるが、それは或年私達がこの山に登って結ばれたからであった。その後二人は年に一度は必ず白鷹山に登ることを、暗黙のうちに白鷹山とも誓ってゐるのだ。二人はいま山川に沿ふ坂道を登ってゆくのだが、秋日が背後から照りつけるので、汗ばんで来た。それで私が羽織を脱ぐと、女はそれをたたみ風呂敷に包んで背負って呉れた。それは女が一途に私を労はる真(ま)心(ごころ)であって、私が東北の高山をすべて跋渉した力量などは、女の真心には問題にならぬらしい。山道が迂回したところに杉林があって、その下を水が潺湲(せんかん)と流れてゐるので、二人は交々腹這へになって冷たい水をのんだが、その水底のきらきらした青砂と砂のあたりをゆれる秋の日射しが、二人の心をたのしくした。しぼらく行った山ふところに、置き忘れたやうに稲田があって、そこに高く立つ山梨の独立樹に小鳥が集ってゐた。またその小鳥には関係なしに、男が一人余念なく稲を刈ってゐるが、物音ひとつしない山奥である。その辺から紅葉がだんだん濃くなって、見交す女の顔がうつくしくいかにも嬉しさうだった。
秋山を二人ゆぎつつ心たのし上着(うはぎ)ぬぎ水を飲みては紅葉(もみじ)を誉(ほ)めつ
山梨の独立樹ひときは紅葉(もみじ)して男一人が袋(ふくろ)田(だ)に黙(もだ)し稲刈る