2016年12月26日
犬(4) 結城哀草果
それから幾月か経って、小松原に貰つた犬が、ポインタ-種の優秀な雌の子を産んだので、梅津はかぎりなくよろこび、それに太郎と名づけて、愛し育てた。それから時は流れて、太郎もいつのまにか雌犬としての貫録をもつまでに成長した。そこで梅津はこの太郎に、でき得るかぎり優秀犬の種をつけたいものと、希望を燃したものである。丁度その当時山形市の陸軍旅団司令部付の鞍掛中佐か、飼つてゐるポインタ-種の雄犬が、地方きつての優秀犬だときいてゐたので、どうにかしてその犬の種を、自分の太郎に盗まうと思ひ立つた。そこで太郎に盛りのついた期間の或日、未明に太郎を引いて行って、鞍掛中佐の官舎屋敷に忍び入り雄犬を誘き出すと、その雄犬が太郎に近寄つて乗りかからうとするけれども、太郎がそれを拒むので、せっかくの苦心もその日はものにならずにしまつた。しかし梅津は断念せずに、翌日もその翌日も太郎を引いて未明に出掛け官舎屋敷に入つて待機したが、いつも太郎が拒んでどうにもならない。いよいよ四日目になつて、梅津は官舎屋敷内の水道から水を出して自分の手を濡らし、その濡れた掌で盛りのついてゐる雄犬の躯を、いく度も擦つてからその掌でこんどは太郎の躯を擦つてやつた。それを三、四回行ふと、太郎の表情が生々して、こんどは太郎の方から雄犬に走り寄つたのである。そこで太郎と雄犬との交尾が成就し、梅津の苦心がやうやく報ひられた。