2017年1月20日
心のかよいあい(4) 堀 要
詩は、言葉をこえた言葉での心のかよい路に、美は、かたちをこえたかたちでの心のかよい路に、そして音楽は音をこえた音での心のかよい路にあって、この生きて在る人間を、永遠の方向に吸引しているようである。
昔、私は一人の青年詩人の担当医であったことがある。彼の生身は精神分裂症に罹っていたけれど、詩は失っていなかった。ある時、精神病棟の中庭で、ラジオの野球放送にくい入るようにきき入っていた。私は「野球、おもしろいですか」ときいた。彼は精神分裂症の故に、彼の自我は、家庭生活に於いても、社会生活に於いても、又病室内生活に於いても、世界から疎外せられていたのである。彼には世界が現実感を失い、自我消滅の不安感が時々彼をおびやかし興奮させていたのである。その彼が、静かに私に答えた。
「いいえ、浮世と接触しているのがうれしいのです。」と、私には彼の心がわかるように思われた。