2017年2月23日
酒二題(2) 藤原義江
もう船は北海からビスケーもぬけて大西洋の真っただ中へ出ていた。冬の大西洋、それも十二月とあって大じけだ。ひどく時化てくると何万トンの巨船もだらしなく翻弄される。その日わたしは晩の食事はケビンでするつりもりでガウン一つになって読書していたら、ボーイがやって来て「今晩は十五分早くテープルに来て下さい」と云って来た。何か特別の催しでもあるらしい。こんなとき船長テーブルなどにつけられたら最後、礼儀上出席しないわけに行かないので仕方なくタキシードに着かえて食堂に行くと、船長はじめ全部のテーブルの人たちはそろってわたしを待っているのだった。
わたしがテーブルに着くと、船長は「では、皆さまどうぞ」とシャンパンのグラスをあげてから「藤原さん、おめでとう」と云えば、食堂の二階のバンドがマダムバタフライの第一幕の景気のいいところを演奏し出した。一体何の事やら狐につままれたよう……テーブルの一人一人は杯をわたしのために挙げては「おめでとう」をくり返す。その度にわたしは苦笑をもってこれに応えるというありさま。