2017年5月25日
海を渡る(4) 佐藤東洋麿
ユスタは帰宅しても侘びし過ぎる部屋を思う。食卓の上の小皿にバターが塗られたサラミが載っているオープンサンドがニ切れ。自分だけのためにきちんとあれこれの食事を作る気がしない。座っているソファは生地が擦れて右の肘かけの横からはパネが一つ飛びだしている。あの子は大好きなテレビ番組を見るとき、じっとしていられずお尻を浮かせて軀を上下に揺らせていたなぁ。前方の島を眺めているように見えてはいるが、彼にはそんな事件はどうでもいい。パトリックはおそらく妻と三人の子どもが待つ騒がしく幸せな「我が家」に帰りたいのだろう。ユス夕はボートにいても家に帰っても同じだ。欝々とした彼の眼差しも同じだ。ともあれ二人の刑事はそれぞれの思いに身を任せて、言葉は交わさず海を渡っている。
房総半島がまじかに迫ってきた。鴎の群れがフェリーに付きそうように近づいては離れ、離れては近づく。あ、一羽は船の甲板の一番前のドアノブ様のとんがりにちょこんと留まった。その数メートル手前に「閨係者以外の立ち入り禁止」の掲示があるから船客はそこまで行けないのである。船内のアナウンスが響く。「お車でおいでのお客様は船倉のお車の中でご用意下さい。徒歩でおいでの方は甲板の指定箇所でお待ち下さい」