2017年5月26日
海を渡る(5:終) 佐藤東洋麿
さぁ下船したら港のすぐ近くで待っている内房線の鴨川駅経由亀田病院行きのバスに乗る。妻のいる所は病院や、観光客で賑わう鴨川シーヮールドとは逆方向の、漁港のそばなのだが、近年ではバスの終点はみな亀田であ る。鴨川駅まで一時間十分、うたたねには最適で、大山千枚田に行く人が下りる釜沼バス停のあたりはたいてい熟睡している。そのようなことを描きながら徒歩船客の列に並んでいると、船員の一人が鉄棒の組み合わさった仕切りに手をかけ、ぐぐっと持ち上がってきた桟橋の端を甲板の端に固定し、仕切りを開き「どうぞ!」と声をかける。海の男たちの声はいつ聞いても快い。勇気と正直がよどみなく空間を伝わる。その声に抱かれながら桟 橋に足を踏みだし、私は海を渡り終える。
(「随筆春秋」誌より転載)