2017年6月27日
高村光太郎先生の葉書(6) 大木 実
結婚した私を待っていたものは召集というまことにショッキングな事実であった。いたし方なく私は軍務に服することになった。その翌年、私の新しい詩集を出してくれるという本屋さんが現われた。高村さんの序文を貰うことが本屋さんの希望であった。私は軍務に服していてお願いにいけないので、友人がかわりに頼みにいってくれかわりに貰ってきてくれた。こうしてできあがった「故郷」をもってお礼にあがった。
文中の「結構なお菓子」というのは本郷の老舗「藤村(ふじむら)」の菓子折である。たまたま手にはいったものをお届けしたが、当時はそういうものもたやすく手にはいらなくなっていた。また「切抜」というのは先生の旧作の「少年に」という詩の切抜をさしあげたそれを指す。先生が年少の読者のために、詩集を編まれているというお話を、会談中に伺ったので、この詩のことをお話してみたら、先生の御記憶にないようであった。この詩はそのときから十年くらい前、小さな同人雑誌か何かに出されたものであった。さりげない表現のうちに巧さがあり、心のこもった詩であったので私は切抜いておいた。それがお役に立ったわけである。先生にお送りしたこの詩は、それから間もなく上梓された「をじさんの詩」という詩集のなかに加えられている。いま私の手許にその詩集がなくて筆写できないのが残念だが、先生は署名してその詩集を送ってくださった。