2017年7月18日
鴨 丸山 薫
湖面からいっせいに鴨が飛び立つとき、ぼくの眼はかならずその群の中のどれか一羽を追いかけてゆく。だが鴨たちの飛翔はたちまち頭上高くはげしい渦を巻きはじめて、その「どれか」は夥しい酷似の中で、ぼくの注視をひき離してしまう。
たしかにあの中の一羽にちがいない。だがぼくにもう他の仲間と見分けがつかないのだ。
かるい眩暈(めまい)の中で心は当途もなく空間をさまよいながら、想い起す。識り合ってしばらくは往来し、いつか音沙汰も絶え、名も忘れ去った幾人かの人たちのことを。いまは無数の未知の中に紛れこんでしまい、けれどその無数の中で、めいめいの個の中に存在感を灯して暮らしているだろう人たちのことを。――そして驚いたように気付くのだ。彼らから考えるならまさしくぼくもその一人だと。
不意に、空を掃くように鴨たちは湖面に舞いおりて来た。やがてまた羽搏くにちがいない。
こんどこそ一羽をしっかりと見守ろう。