2017年7月31日
山旅のたのしさ(4) 熊沢復六
あとになって、国文学の久曽神氏にその話をしたら、「鹿は夜しか鳴かないときいていたが、そうですかね」と、不思議そうな顔をされた。私は、それまで鹿の鳴声をきいたことはなかったが、こんな原生林のなかで、あんな澄んだ音色をきかせてくれる酔狂な人間がいるはずはないし、勿論、猿や、猪ではなく、鳥の声にしては長くあとをひきすぎる。どうしても鹿にちがいないと思う。
このあたりには、今でもカモシカ、猪、鹿、猿などがかなり豊富に棲息しているらしく、現に一昨年は、かなり大きな猿を二匹みた。人間さまのお通りとも知らず、急峻をかけのぼってきたが、こちらの顔をみると、一散に反対側の崖をかけあがり、きょとんとこちらを見おろしていた。その顔の赤さがひどく印象的だった。動物園の猿は、こんなに赤い顔をしていないはずだが、山の猿は、血色までいいのであろうか。