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2017年8月3日

歴史の底に光るもの(1) 亀井勝一郎

 歴史を読んでゐて、最も困難を感ずるのは、無名の人々の残した業績、或は無名の人々の存在の評価である。たとへば万葉集四千五百余首のなかの過半数は読びと知らずである。歌そのものはたしかに残つてゐるが、作者がどういふ人であつたかは全くわからない。
 また奈良の古寺を建立した技術者たちの名も伝つてゐないが、彼らのなかには名人とよびうる人が多勢ゐたにちがひないことは、今日に残る造型をみればあきらかである。仏像や装飾だけでなく、一本の円柱を建てるにも、すばらしい技術をもつてゐた人が存在してゐた筈である。
 或る民族の能力を評価する場合、私たちは教育の普及率とか学力を中心に考えやすい。その中でも、字を読めるとか、書けるといつたことを重視しがちである。文盲の多いほど、その民族の能力は低いと思ひがちだが、しかしさういふ人々が、すばらしい彫刻をつくつたり、舞踊に巧みであつたり、さういふ場合が少なくない。奈良朝の大工などの中には、無学文盲の人もゐたであらうし、万葉集の読びと知らずの中にも、自分では字を書けない人もゐたであらう。



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