2017年8月31日
春の窓 笹澤美明
春 の 窓
笹 澤 美 明
暗い部屋の窓を開けると
明るい空が見える、
春という言葉には
そんなひびきがある。
だが、私にとっては
その窓はいつも病室の窓、
初春 早春 立春 浅春 陽春 晩春など
薬の匂いに満ちた部屋の窓ばかり。
窓を開けると
外にふんわりした 呆けた春があった。
だから今まで
山桜の下で会った幻のような美少年のことや
菜の花の蔭から昼の月を吹く牝牛について
遠火事の報らせをぼんやり聞いたりする
そんな詩を私は作って来た。
病気の窓から眺める景色は
軟体動物のような幾種類もの春、
骨のない春だった。
ただ一度、
森の梢に鴻の巣があって
ある春の日のある時刻に
白い羽に霞をからませながら
飛び立つ親鳥の姿を見た。
そのとき、何かきつい春の骨を
とっさに感じたような気がしたが――
そのことがあってから毎年の春、その頃、
私の窓は
明るい季節を迎えるために
開け放しにされる。