2017年9月12日
辻野先生のことなど(5) 大木実
先生が私たちに新しくあたえてくださった童謡も忘れられない。それまで私たちが唱歌の時間にうたってきたものは文部省唱歌であった。「はとぽっぽ」や「桃太郎」や「春の小川」であった。それはそれで楽しかったが先生に新しく教えられた童謡は、唱歌よりもなお私たちのこころをとらえた。「お山の大将」を「葉っぱ」を「雀の酒盛り」を、元気よく愉快にうたった。それは八十の作であり白秋の作であり雨情の作である。これらの詩人がこころをこめて書いた時期の童謡を、私たちはこころのやわらかいよい時期に受けたことになる。
辻野先生をおもうとき、私は幸福な一時期を、少年時代に持つことができたのを、それが一年の短い期間で終ったにせよ、いまも幸福におもう。こんにち私が詩を愛し詩を書いていることも、人生や生活を大切にする生き方を身につけることができたのも、私の少年の日に先生が、最初に培かってくださったものに他ならないからである。
先生は一年で私たちの学校を辞められた。そして更に上級の学校へ進まれた。