2017年9月13日
小さなスケッチ(1) 荻野彰久
真夜中――いや暁方時のできごとであったのかも知れないのだった。どこもかしこも暗いのですぐにはそこに大神殿があるのにどの目も気づかないが、暗闇に堪えしばらくの時間のあいだじっとそこに立っていると、たとえすべてがはっきり識別されるとは限らないにしても、やがて目は闇に慣れあたりの情景が分るように大きい本堂の南に面した庭のなかにも北側の庭にも戦場におもむく兵士に最後の別れをさせてやろうとする不意の、連隊長のひそかなはからいでの家族や知人や恋人が集ってきているのが見えるようになるのだった。本堂の南側は平たんな地だったがかなり急な坂地になっている北側に立っている人々の、不揃いの頭や横に突き出ている顔の真中の鼻の高さが星あかりにうつし出されたシルエットで、それが顔や頭であることもそれが大へんな数の人々であることも知れるのであった。どうせ暗くてこまかいことは見えないのであったけれども、固く禁じられている酒類のような違反物が持ち込まれているかどうか逃亡者はいないかどうかピストルを肩にした看視兵があたりをゆっくり、ときどき視線を斜めに走らせながら歩いているのだった。でもこんなときだ。ほんの少しだけと、違反物の酒と小さい湯呑を持ってきている人もないわけではなかったけれども、酒をついでくれる人はわざと顔を看視者のほうへ向け、それを貰うほうの兵士は地面のほうへ顔を向け、気づかれないうちに急いで飲もうとして湯呑をもった手が短剣につきあたってかえってこぼしてしまう人もいた。