2017年10月10日
カイロ雑記(4) 北川冬彦
ミイラといえば無数にあったが、入場料の外に、別に30ピアストルを払ってはいった特別室には、歴代の王や王妃のミイラが、ガラスのケースに入れられ、仰臥の姿勢で陳列してあった。かっては絶大の王権をふるい、豪奢な生活にあけくれした王や王妃が、永遠の生命をうるためにと身体をミイラ化したばかりに、いまは見世物として衆人の眼にそのぶざまな姿をさらすハメにおちいっているのである。布で巻かれてはいるが、ぼろぼろに干からびた赤茶っぽい色の頭と顔と足はむき出しである。王妃のは髪の毛で僅かにそれと知れた。ミイラの一つ一つには、王、王妃の名前と年代をしるしたプレートが貼ってあった。「何て気の毒なことだ」とぼくが眩くと、「しかし、一人30ピアストルづつのお金を観覧人たちに支払わせ、王様も王妃も、国家財政に功献しているわけですから、瞑していいでしょう」と案内嬢はいった。ミイラは、昨年の春、日本で開催された「エジプト美術五千年展」にも、たしか二体、参考出品されていたが、やはり、布で巻かれ、仰臥の姿勢であった。ところが、ロンドンの大英博物館にあった一体は、巻布されていず、腰を持ち上げている姿勢で、そのナマナマしい印象がいまでも頭に残っている。