2017年10月16日
浮世バンコ(2) 野田宇太郎
バンコは白秋の註記のやうに、ポルトガル語やスペイン語のBANCOが最もその発音に近い。オランダ語はBANCだから、やがてこれも混ったのかも知れないが、いづれにしても南蛮か紅毛語の転訛した外来語で、長崎や平戸あたりから九州の一部にひろがったのであらう。それを知らずに幼いわたくしは、夏の夕方になると「バンコば(・)出さう!」ときほひ立ちながら自分で家の軒下から表の往還にバンコを持ち出したものである。バスやトラックなど通るわけでもなく、街道はひっそりと暮れてゆく。そのバンコには隣近所から白い浴衣がけのあんちゃん、あねしゃん、それにおばさん、おっちゃん達が団扇をもつて三三五五と集り、夜のふけるのも忘れて浮世話に花が咲いた。少年のわたくしは網で小鳥でも獲るやうにバンコで大人を呼び寄せて、不可思議な大人の世界にきき耳をたてるのだつた。式亭三馬の「浮世床」ではないが、これはまさに「浮世バンコ」ともいふべき光景である。