2017年10月18日
浮世バンコ(4) 野田宇太郎
その白首の一人がいつか夕涼みの浮世バンコに加はって、自分が何か大手術をうけたとき経験したといふ不思議な話をはじめた。その手術が終りに近づいて、麻酔がさめかけた頃の経験らしい。
……女は誰に誘はれるともなく、明るい庭のやうなところをせっせと真直に歩いてゐた。すると両側にはきれいなきれいな花が咲きこぼれて、それをとりたくなったが、とってはいけないので、ただ正面に向って歩いてゆくと、大きな門があった。門があるので扉を押したが開かない。なほも懸命に女は押した。ぎいぎいときしめきの音はするやうだが、開かない。女は途方にくれて、押す手をとめた。
そのとき誰かが自分を呼ぶので、はっとふりかへると、意識がもどって、女は病院のベッドに寝てゐる自分に、やっと気づいた、と云ふのであった。